子供たちとホームレス(9月5日)

The Journal.ie より

http://www.thejournal.ie/child-homelessness-health-4216491-Sep2018/

 

今朝の出勤時のラジオで、ホームレスが1万人に達したとの報道があり、一体政治家は何をしているのかと、どこの国でも聞くような文句が飛び交っていた。

ホームレスを担当範囲にしている大臣は、「あれやった。これやった」とこれまでの成果を負けじと主張するが、誰の目から見ても悪化の一途を辿るだけのこの災難に、歯止めをかけられないとは、国民から選ばれた意味が無い。

東京の人口よりもはるかに劣るこの国で、5年以上も国民の住居も医療もきちんと整えることができないとは、話すことしかできない無能の政治家ばかりである。

もしも日本のように、地震や台風、熱中症という自然の脅威が存在していたら、どうするのであろうかと疑問に思った。

 

 

昨日のジャーナルでは、6カ月以上ホームレスを体験した子供は、健康を害しやすくなるとの、ボストン・メディカルセンターでの研究報告を紹介していた。

この記事に見られる通り、7月下旬の報告では3867人の子供たちが、緊急住宅に住んでいるとのことで、親は働けども家賃が高すぎて家も借りられない状態だ。

実はこれは、アイルランドの歴史上初めての出来事ではない。

拙著『アイルランドのウサギたち』で紹介したことがあるが、12世紀に、ヴァイキングが定住し、ノルマン人が移住してくる短い期間中、アイルランドのダブリンに空前の経済ブームが起こった。

それと同時に、孤児たちが巷に現れるようになり、当時この国で最初の大司教となったローレンス・オトゥ―ルは、この見捨てられた子供たちのために孤児院を創設し、自ら孤児たちの面倒をみたという美談が残されている。

しかし、その後の聖職者たちの刻んできた歴史は、子供たちを物や家畜のように取り扱ってきた酷いものであった。

 

8月の終わりにローマ法王が訪問し、ホームレスを憂えていたが、上の聖オトゥ―ルのような無言の行動は見られなかったし、僧侶たちによる児童虐待に対しての謝罪も聞かれなかった。

もちろん独裁者ではない法王に、ワンマンな慈善事業などの勝手な行動などできないものであろうが、耶蘇の僧侶でも、現代は聖職とは名だけで、尊敬に値する心や行動が無く、職業的・政治的な金儲けの道具でしかなくなった。

いわゆる無用の長物である。

バチカンには、世界中の恵まれない子供たちを養うに足る充分な財宝がある、と聞いたことがあるが、それが本当なら何のために財宝を蓄えているのであろうか?

また、現代の僧侶たちは一人でも、聖オトゥールの生き様を模倣しようとは微塵も思わないのであろうか?